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東京高等裁判所 昭和59年(行コ)11号 判決 1985年9月26日

控訴人・原告 石田隆夫 外二二名

訴訟代理人 柴田勝 外一名

被控訴人・被告 横浜市長 外一名

訴訟代理人 綿引幹男 外一名

主文

控訴人らの被控訴人らに対する本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら訴訟代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人横浜市長が昭和五三年六月五日付でした控訴人らに対する「横浜市中区山下町地内の前田橋より南門通りを経て中華街東門に至る道路の境界線から水平距離で二・〇メートル後退した位置において地盤面から三・〇メートルまでの部分に壁面線を指定する。」との壁面線指定処分を取消す。3 被控訴人横浜市建築審査会が昭和五四年五月一五日付でした控訴人らの昭和五三年一二月二三日付審査請求に対する裁決を取消す。4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人らは、主文一項同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠は、次のとおり訂正、付加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二四枚目表三行目「行訴法」を「行審法」と改める。

2  控訴人らの主張

(一)  本件壁面線指定に関する横浜市長の意図と姿勢について

(1)  既定方針としての本件指定処分

横浜市の都心プロムナード事業計画は昭和四八年頃から横浜市企画調整局において企画立案され、昭和四九年からその事業が開始された。その内容は、京浜東北線桜木町、関内、石川町の各駅から山下公園に至るルートを整備し、快適な歩行者空間を作ろうとするものであつた。横浜市は昭和五一年六月頃石川町ルートについて元町-南門通-山下公園のコースを選定し、その道路の整備を行うことを決定した。右コースの道路整備の方法として、当時の南門通りの道路事情、商店街及び建物等の市街環境と他の二つのルートについて既に壁面線指定による方式を採用していることなどを考慮して、こゝでも同じ方式で街並みの整備をすることに決定した。

当初市側としては水平距離三メートル、高さ五メートルの壁面線後退を希望していたが、その後の地元関係者(控訴人ら住民を除く。)との折衝の結果、昭和五二年二月頃に至り、二メートルと三メートルの範囲で壁面線を後退させることを内部的に決定したものの、それが告示されていないにも拘らず、決定後になされた南門通り住民の建築確認申請について右壁面線指定を順守するよう行政指導をし、それを前提とした建築確認をしてきた。

街並を整備する手法として建築基準法では壁面線指定の方式(同法四六条、四七条)のほかに当該地域の土地所有者等の合意による建築協定の方式(同法六九条ないし七七条)が容認されているにも拘らず、横浜市としては両者の方式が存在すること及びその両者の利害得失などを地域住民に説明することなく、当初から壁面線指定の方式を選択し、地域住民に対しいずれを選択するかその検討の余地を与えることなく、既定の方針として壁面線指定による街並の整備について指導、説明してきた。しかも、市側としては、右方式による壁面後退の実施について多少の困難があつてもそれを実現したい強い意向を示していたばかりでなく、前記石川町南門通りルートの事業計画が決定する以前から、プロムナード計画と関係なく南門通り住民が横浜市長宛に要望していた南門通り道路の舗装化の実現を盾にとつて、壁面線後退案を地元関係者に押しつけた形跡が窺える。

以上の事実経過からすると、横浜市長はプロムナード事業の一環としてなした石川町ルートの南門通り道路整備事業については、当初から壁面線指定の方式を採用し、既に実施している他のルートとの関係からも、これに対して地元住民からの反対意見があつたとしても、せいぜい壁面線の後退範囲を修正する程度に止め、何としても壁面線指定を既定の方針として貫徹する意図があつたことが明白である。

してみると、横浜市長が主催した壁面線指定にかゝる公聴会は反対住民の意見を率直に聴いてその当否を決定するというものでなく、単に建築基準法四六条所定の手続を履践したことを証するための形式的な会合に過ぎなかつたとみざるをえない。

(2)  横浜市が中華街プロムナード促進協議会を設立させ、利用した意図について

横浜市長は、南門通りの道路整備事業の方法として壁面線指定方式を採用、実施するに当り、壁面線指定についてより多くの利害関係人の同意を得ておくため、地元対策の担当を命じていた入江中区長を通じ昭和五一年九月一三日頃から南門通り商店街の有力者に対して組織作りを指導するなどして働きかけ、その結果区長の意を体した隋振彪、高伸行、稲垣孝、小倉糸子、李福泉、三田英雄らが中心となり、地元住民らに対し南門通りの舗装工事を含む環境美化整備を内容とする中華街プロムナード事業計画の実現のための促進協議会の設立に同意し参加するよう勧奨し、約五八名からその旨の同意書を取りつけ、もつて昭和五一年一〇月二六日隋振彪を会長とする中華街プロムナード促進協議会(以下「協議会」という。)を設立するに至つた。

協議会は当初から横浜市長の計画したプロムナード事業に賛意を表し、しかも鉄筋コンクリート造りなど堅固な建物を保有していることから、壁面線指定によつて当面何ら権利の制約を受けない役員(控訴人麻致広を除く。)らを中心に運営され、独自又は横浜市あるいは中区との共同による説明会、懇談会はもとより、総会の開催に際しても全会員に対する通知の徹底を怠り、一部会員の参加だけで会の意思を決定し、それをあたかも会員ないし地域住民全体の意思として横浜市に伝達するなどしており、特に地域の地権者にとつて極めて利害関係の大きい壁面線指定については、会員に対し十分な指導、説明をしないばかりか、横浜市が実施しようとしている壁面線指定は、後日住民の合意により取消しが可能であるから、道路の整備、美化をまず実現させるためには壁面線後退に同意した方が良いなどと、建築協定方式による壁面後退であると誤信させるような指導説明をしたりして、何とか地域住民をして壁面線指定に同意させるよう画策していた。

このように、横浜市長は、本件指定を実施するに当り、形式的に地域住民らの同意を得ておく必要から、意図的に一部住民をして協議会を設立、組織させ、併わせて地域住民らへの通知、連絡、指導、説明などの手間を省略する便宜のため、右協議会を利用していた。

(3)  横浜市が行つた南門通りの舗装工事の意図とその条件としての同意協力について

横浜市は昭和五二年初めから同年一一月までの間に南門通りについて下水道、水道及びガス管等を地下に埋設し、歩道に絵タイルを張り付けるなどの舗装工事を行つたが、これは表向き南門通りの地域住民の要望に応え、同商店街の発展向上に資するものとされているものの、横浜市長としては、右工事の施工の条件として、地域住民らに本件壁面線指定について同意、協力することを要求した疑いが濃厚である。

南門通りに関係する山下町自治会等の地元関係団体の代表が、南門通りの道路事情が悪化している現状に鑑み、横浜市の都心プロムナード事業計画とは別個に、昭和五〇年一二月四日付で横浜市長に宛てて、道路の舗装化を含む歩行者専用道路整備等の陳情書を提出していたが(乙第一一号証の一)、一方これを受けた横浜市長としては昭和五一年六月頃右プロムナード事業計画の一環として、石川町ルート(元町-南門通り-山下公園コース)の道路整備のため壁面線指定の方式を採用することを決定し、右事業を円滑に実施するためにはできる限り地元住民らの賛同を得ておく必要があることから、右事業と前記地元からの陳情とを結び付けて実行することを考慮し、同年九月中旬頃から地元民との都心プロムナード事業にかゝる懇談会等において、南門通りの舗装工事を実施する前提として、プロムナード事業計画に基づく壁面線指定による街並の整備の必要性を説明、指導しつつ、その会合に出席した住民に対し南門通りの舗装化を希望するならば壁面線指定の方式について賛同協力するよう求め、暗に舗装工事実施の前提としてその賛同協力することが条件であることをほのめかしてきた。右事実は、懇談会等における横浜市、中区側と出席した住民側との質疑、応答ないし意見交換の内容等により明らかである。

(4)  横浜市の南門通りに対するモデル商店街指定と壁面線後退との関係及び右指定の意図

モデル商店街の指定は、横浜市が地域商店街の開発のために指導、助成する目的で昭和四八年九月一六日に制定、施行した地域商店街づくり指導事業実施要綱(乙第一四号証)に基づくものであるが、同要綱は、その制定の時期、趣旨、目的からして都心プロムナード事業計画とは別個のものであり、その計画の実施方法の一つとしてなされる壁面線後退とは密接不可分な関係にない。しかるに、横浜市は本件壁面線によつて不利益を被る利害関係人らの反対意見を避けるためにはモデル商店街指定制度を活用するほか方法はないと判断し、本件壁面線後退案を内部的に策定した昭和五二年二月以降中華街プロムナード促進協議会に働きかけ、その結果同年七月一五日付をもつて同協議会をしてモデル商店街指定申込みをさせ、同年九月一六日にその指定をしたものである。そして、横浜市は右指定後から前記地域商店街づくり指導事業実施要綱に基づく指導と助成を行うと同時に、本件プロムナード計画を受けて南門通りを商店街として開発するには壁面後退が必要かつ前提条件である旨指導、説明を繰り返し、地元住民(控訴人らを除く。)らに説得を続けてきた。

以上の事実経過をみると、モデル商店街の指定は、本件壁面線指定による街づくりについて地域住民の同意を取り付け右事業を推進する意図から、横浜市が地元対策の一環としてしたものである。

(5)  本件指定が行政処分でないとする横浜市長らの認識

本件壁面線の指定は行政処分であるが、被控訴人らは誤つてこれを行政処分に当らないと認識理解していた。本件において被控訴人らがこのような誤つた理解をもつて壁面線指定の手続を処理してきたことは、極めて重大である。けだし、横浜市長は、壁面線指定に際し事前に利害関係人全体に対しその趣旨、必要性、利害得失などについて説明し、利害関係人が自らの判断によつて壁面線指定の当否を判断しうるに足りる適切かつ十分な情報を提供すべきであるのに、その役割の多くを民間の任意加入団体にすぎない協議会に委ねるなど、その指導説明について必要かつ適切な措置を怠つたこと、公聴会の開催及び指定処分の伝達についても不十分な公告方法を選択し、利害関係人全体に対する必要かつ適切な周知徹底の方法をとらなかつたこと、更に、指定処分の告示に際しては右処分に対する不服申立の方法についての教示をしなかつたことなどは、いずれも横浜市長が本件指定を行政処分でないと誤解していたことに起因するものである。

してみると、被控訴人らの前述のような認識、理解は本件紛争の主因をなすものというべきである。しかるに、原判決がこの点について何らの判断を示すことなく、単に本件壁面線指定に至る形式的な手続の法的適合性のみをとらえ、控訴人らの請求を却下し、また棄却したことは、本件紛争の本質を見誤つただけでなく、審理不尽の違法があるといわざるをえない。

(二)  本件指定に対する行政不服審査請求期間の起算日について

原判決は、本件指定に対する審査請求期間は本件公告の日である昭和五三年六月五日の翌日から起算して六〇日以内であるところ、本件審査請求は右期間経過後である同年一二月二三日に申立てられたものであるから行審法一四条一項本文に違背し不適法である旨判示しているが、その前提として本件公告が建築基準法四六条三項所定の公告の方式に適合しているとし、審査請求期間の起算日を本件公告の日の翌日と解している点において不当である。

(1)  本件公告の不適法及び不適切性について

原判決は、建築基準法四六条三項の公告の方法について法律に何らの定めがないこと、従つて、横浜市長が横浜市公告式条例に基づいて制定された横浜市報発行規則一条により、本件指定を昭和五三年六月五日付の横浜市報に登載することによつて公告したことなどから、同項所定の公告の方式に欠けるところがないと判示しているけれども、失当である。

本来、行政行為に関する公告は、その対象となる利害関係人が広範囲又は不特定多数にわたるとき、これらの者に対して権利行使又は異議の申出の機会を与えるために一定の事項を広く一般に知らせる通知行為の一形式であり、その目的はあくまで一定の事項を利害関係人にあまねく知らせることにあるから、その目的を達することができないような周知能力の低度な公告の方式は、たとえその形式が備わつていたとしても、実質的な意味における公告には該当しないものというべきである。

横浜市長が本件指定の公告の方式として採用した横浜市報は、発行部数が一五五〇部で、横浜市の人口、世帯数に比較して僅少であること、しかも、有料購読制であり、市民全体にあまねく配布されるものではなく、ごく少数の特定人の目にしか触れない公告媒体であることを考えると、その周知性は極めて低く、公告本来の目的を達する方式としては不適格なものというべきである。

本件壁面線の指定は、対象区域内の土地、建物の利用権利者等利害関係人の権利を将来において具体的現実的に制約するもので、その法的性質は行政処分に相当するものである。このように、利害関係人に重大な影響を及ぼす処分を公告する場合には、その事柄の性質上利害関係人に対し周知可能な公告の方式ないし周知性の高い媒体を利用することが当然要請されるところである。しかるに、横浜市長において横浜市報が極めて周知性の低いものであることを知悉しながら、これを利用して本件指定の公告をしたことは、公告制度の趣旨、目的に違背する不適切な措置であると同時に、右処分に対する利害関係人の権利救済の途をとざすものであつて、不適法といわざるをえない。

従つて、本件の場合、横浜市報によつて公告された本件指定は、その公告によつて効力が生じたものと解することができないから、公告がなされた昭和五三年六月五日をもつて不服審査請求期間の起算日の基準とすることは不当である。

(2)  利害関係人に対する本件指定の個別的通知の必要性と義務

仮りに公告の方式に欠けるところがなかつたとしても、その方法としての媒体が極めて周知性が低く公告の目的を果すことが期待しえない状況にあり、しかも公告の内容たる事項が利害関係人にとつて重大な利害関係を有するものであること、さらに加えて利害関係人の大部分を個別的に確知しうる状態にある場合には、公告のほかに利害関係人に対して個別的に通知をする必要があり、またそうすべき義務があると解すべきである。けだし、不十分な公告の効力を補完するためには利害関係人に個別的な通知をすることは法律上何ら妨げのないところであるし、またそうすることが公告制度の趣旨、目的に合致するだけでなく、公告の内容たる行政処分について利害関係人に対し権利救済の途を担保することになるからである。

ところで、本件の場合横浜市長が壁面線指定処分の公告の方式として利用した横浜市報は周知性の著しく低いものであり、それにひきかえ公告の内容たる指定処分は控訴人らを含む利害関係人にとつて権利の制限をもたらす重要な事項であり、さらにまた、その対象とされる土地は長さ三二〇メートル、幅員九ないし一〇メートルの南門通り道路の両側二メートルの範囲内のものであり、横浜市独自又は協議会を通じての調査等により利害関係人が九一名(そのうち土地所有権者が五〇名、建物所有者が二一名、借家人が二〇名)であり、かつ、その住所、氏名も確認していたのであるから、本件公告と同時にそれらの利害関係人に対して個別的に通知をすることは客観的に可能であり、壁面線指定の内容と利害関係人に与える影響の重大性からすれば、むしろ個別的通知をなすべき義務があるとみるべきである。しかしながら、横浜市長は指定処分の重大性を認識せず、安易かつ簡便な公告方式をとつただけで、利害関係人に対する個別的通知をなすことを怠つたのである。

(3)  公告のほかに通知をした場合の効果について

一つの行政処分について公告と通知の方法が併用された場合に、処分の効力の発生時期と右処分に対する不服申立方法である審査請求期間の起算日との関係が問題とされよう。

まず、本件指定処分の効力については、その性質上その指定処分にかゝる公告がなされたときからその効力が発生するものと解さざるをえない。

しかしながら、不服申立の方法たる審査請求の期間の起算日を右公告の翌日とし利害関係人全員につき画一的にその期間を進行させなければならない実質的な理由はなく、むしろ、利害関係人の権利救済の途を確保する意味から、その処分に対する審査請求の期間の起算日は、公告があつた日の翌日ではなく、通知のあつた日の翌日であると解するのが相当である。この場合客観的に通知不能な者に対しては公告の日の翌日をもつてその起算日とせざるをえないであろう。

本件の場合、指定処分の効力はその公告がなされた昭和五三年六月五日に発生したものとしても、利害関係人に対する個別的通知が未だなされていないのであるから、利害関係人らの審査請求については、その期間の起算日の基準となる通知到達日は存在しないことになり、従つて、控訴人らのした本件指定処分に対する不服申立ないし審査請求は、法定の期間内になされた適法かつ有効なものというべきである。

(三)  原判決の認定事実の当否について

(1)  壁面線後退による商店街づくりへの協力の有無

原判決は南門通り商店街の関係者が横浜市長の指導する商店街づくりに共鳴し、地元組織としての協議会を設立し、約七七名の関係権利者の入会を得てその実現に協力することにした旨認定しているが、右認定は不当である。

原判決のいう商店街の関係者というのは抽象的で具体的に誰を指しているのか明確でない。右街づくり案に賛同していたのは、地元住民のうち協議会の役員を中心とする半数に充たない一部のものに過ぎない。約七七名程の関係権利者が協議会に入会していたとしても、それは本件壁面線指定方式による街づくりを理解していたからではなく、入会の勧誘を受けた際、近隣のよしみと、道路の舗装化を促進するための団体であると認識したことにより、加入申込みをしたものである。同意書名下の入会申込書(乙第一一号証の三ないし六一)も右のような認識のもとに作成されたものであるから、これをもつて本件指定による街づくりに賛成をしていたと認定するのは無理である。

(2)  同意書提出の意味について

原判決は、地元関係者のうち五七名が協議会に同意書を提出したこと、そのうちに原審での原告ら一一名が含まれていることを認定し、この事実を重視しているのであるが、しかし右書面は前述のとおり右関係者らが本件プロムナード事業とは関係なく、かねてから希望していた南門通り道路の舗装化を含む道路整備を促進するための協議会への入会申述書と認識、理解して提出したもので、自らの権利を制約するような壁面線後退による道路整備にまで賛同するために提出したものではない。

(3)  壁面線後退による街づくりの決定の時期

原判決は、横浜市が南門通りについて本件指定の方式による歩道拡幅等の街づくりを決定したのは昭和五二年九月頃と認定しているが、失当である。

前記(一)において主張したとおり、モデル商店街の指定が昭和五二年九月頃なされたとしても、横浜市において本件指定案を内部的に決定したのはそれより先の昭和五二年二月頃であり、しかもその頃から既に右壁面線後退による街づくりを前提とする舗装工事が開始されていることが明白である。また、モデル商店街の指定は、前述のとおり、壁面線指定を実現するための方便であつて、当初から総合的に策定されてきたものではない。

してみると、原判決はモデル商店街の指定と壁面後退による道路舗装工事による街並の整備とを一体化して認定する余り、両者の決定の日時を混同したものであつて、誤つている。

(4)  南門通りにつき壁面線指定による街づくりをすることの適性について

原判決は、南門通りの沿道には相当の空地があるから、壁面線の後退による街づくりを進める上でも好都合であつたと認定しているが、これは樹をみて森をみない不当な判断である。

たしかに、南門通りは、すでに壁面線後退の手法を取り入れた元町の場合に比較すれば相当数の空地があるかも知れないが、その反面利害関係人のうち約四割のものが堅固な建物を所有している状況にあり、それらの者が任意にその建物を改築したりあるいは撤去したりして壁面を後退させ南門通りの街並全体を整えるには少くとも二、三十年かゝることは横浜市においても認識しているところであり、南門通りが壁面後退による街づくりを進める上で好都合な場所であるとは到底考えられない。

原判決は、右のような事情を全く考慮せず、単に空地の存在のみに目を奪われて全体的な考察を怠つたもので、不当である。

(5)  地元関係者が壁面線の後退の趣旨等について理解、賛同していたか否か

原判決は、横浜市が壁面線の後退の趣旨更にはその具体的内容及びプロムナード事業の内容等について諸種の会合を通じて説明、指導したことにより、地元関係者の大部分はそれを良く理解してこれに賛同するに至つたものであると認定しているが、これも失当である。

横浜市が各種会合を通じて前記の事項について説明、指導をしたとしても、それらの会合に出席参加した地元の関係者は一回の会合につき二十数名を超えることのない人数であり、その参加者の顔ぶれは毎回異なつており、控訴人らを含む地元関係者全員がそれらの会合に出席して説明を受けたという証拠はない。

しかも、横浜市としては壁面線指定の方式による道路整備を既定の方針とし、その実現のために強い姿勢で対処していたことから、壁面線後退及びその指定の方式等についての説明、指導に際しては専らその利点のみを強調し、その方式の欠点ないし不利益になる面については積極的に説明せず、もう一つの手法として存在する建築協定の方式との関係において両者を対比させ、その利害得失を明らかにし、地元関係者にそのいずれが望ましいか選択させるような説明もしていないことが窺われる。公聴会開催の直前に設けられた地元との説明会兼懇談会(昭和五三年二月二四日開催)においてさえ、その参加者の中から、「壁面線指定と新、改、増築との関係が十分のみこめないので、簡単なパンフレツト等で説明して欲しい。」などという発言がされていることは、このことを裏付けるものである。

しかるに、その後横浜市が更に地元との説明会、懇談会を開催するなどの対応をした形跡はなく、前期説明会の一か月後の同月二八日に協議会の理事長名義で横浜市長職務代理者宛の壁面線指定同意書(乙第一二号証の一)が提出され、その直後に右書面の提出を待つていたようなタイミングで公聴会の開催が決定されているのである。

以上の経過をみると、横浜市は、地元関係者の中に本件指定による街づくり案に賛成しないものが多く存在するにも拘わらず、これを無視して壁面線指定手続を見切り発車した疑いが濃厚であり、控訴人らは勿論のこと、地元関係者の大部分が壁面線後退による街づくり事業に賛同していたとは到底認め難く、原判決はこの点についても事実を誤認している。

(6)  本件指定前における一部地元関係者の壁面後退について

原判決は本件指定前に控訴人坂本清を含む三名が横浜市の行政指導により壁面を後退させた建物を新築した事実を認定し、それを地元関係者の同意の徴表であるとみているが、しかし右三名はそれぞれ個別的な事情から建築の必要に迫られ、やむなくその行政指導に応じて壁面を後退させたもので、行政指導に納得して壁面を後退させたものではない。本件指定が法的効力を生ずる以前、しかも公聴会での聡聞手続が行われる以前に行政指導の名の下に壁面線の指定を強要すること自体違法の疑いがあり、問題である。従つて、右一部地元関係者の壁面後退をもつて同意の事実を推認することは不当である。

(7)  公聴会における発言について

原判決は、公聡会において、本件壁面線指定の趣旨が関係権利者に周知されていることなどから建築基準法所定の手続を経る必要はない旨の意見が出た事実を特に挙示している。右意見を述べたのは協議会の副理事長兼経営建設委員長の高伸行であるが、同人は協議会の発起人であつて当初から横浜市の事業計画に賛意を表している立場にあることを考慮すると、原判決が右のような発言を捉え地元関係者の同意あるいは本件指定の周知を認定する資料としたのは、証拠の評価を誤つたものといわざるをえない。

(8)  本件指定を公告した横浜市報の配布の事実について

原判決は、横浜市が昭和五三年六月五日頃本件指定を公告した横浜市報五〇部ほどを協議会の理事長に手交し、同理事長がそのころこれを関係権利者に配布した旨認定しているが、右認定は事実に反する。仮りに横浜市が横浜市報五〇部を同理事長に手交したとしても、同理事長が関係権利者にこれを配布したことを証明するに足りる証拠はない。

(9)  本件指定に関する報告の事実の有無について

原判決は、昭和五三年六月一五日の協議会の総会で本件指定がなされた旨の報告がなされた旨認定しているが、これも失当である。

(四)  行審法一四条一項ただし書の「やむをえない理由」の解釈等について

(1)  原判決は、行審法一四条一項ただし書の「やむをえない理由」について、審査請求人が同項所定の期間内に審査請求ができなかつたことにつき審査請求人の責に帰せられない客観的理由をいうと解し、原審が認定した事実経過に照らして控訴人らについてその理由を認めることができない旨判示しているが、これも失当である。

原判決がいうところの客観的理由の存否は、事案の個別的具体的な状況に即して判断すべきであり、また、行政庁と審査請求人との実質的な公平を図る見地からも検討しなければならない。処分庁側に不手際があつたために審査請求人側において法定の期間内に審査請求ができなかつた場合に、それでも「やむをえない理由」に当らないと解することは、審査請求人側に一方的に不利益を押しつけることとなり、公平を失するだけでなく、行政庁の不手際のために処分対象者が不服申立の途を閉ざされることになるのは極めて不合理でもある(大阪地方裁判所昭和四九年七月三〇日判決・行裁例集二五巻七号一〇二三頁)。

(2)  本件の場合、控訴人らを含む審査請求人の本件審査請求が仮りに所定の審査請求期間を徒過したものとしても、その原因は専ら処分庁である横浜市長にあつた。すなわち、横浜市においてプロムナード事業を企画、立案してから本件指定処分をなすに至るまでの間、本件壁面線の指定処分に関する地域住民に対する説明、指導は常に消極的であつただけでなく、公聴会の開催及び本件指定処分の公告についても不適法かつ不適切な方法をとつており、更に、本件指定処分の公告に際しても、右指定が行政処分に該当し教示を必要とするものであるにも拘らず、その処分に対する不服申立方法について教示しなかつたために、控訴人らの審査請求人は指定処分のあつたことも、また、それに対して何日までに不服申立をすればよいのかも全く知ることができなかつた。従つて、控訴人らが本件指定処分に対して所定期間内に不服申立ができなかつたのは、専ら処分庁側の利害関係人に対する対応策の杜撰さ、不手際によるものであるから、これを審査請求人らの責に帰することは著しく公平を欠くものである。むしろ、かゝる状況下においては、控訴人ら審査請求人側に不服申立期間の徒過について「やむをえない理由」ないし「これに準ずる理由」があつたものと判断するのが正当である。

しかるに、原判決は、審査請求人側に期間徒過の帰責事由を求めるに急な余り、処分庁たる横浜市長側の姿勢、態度及び対策などの事情を無視して事実を誤認し、もつて「やむをえない理由」の存在についての判断を誤つたもので、不当である。

(五)  本件審査請求と行審法五八条一項の不服申立

(1)  原判決は、本件指定が行審法五七条一項の「処分を書面でする場合」に当らないから横浜市長に教示義務の懈怠はなく、従つて、本件審査請求は同法一七条一項によつてなされたもので、同法五八条による不服申立には当らない旨判示しているが、これも失当である。

本件指定が行政処分として成立し、その効力が発生するのは、外部的意思表示としての公告がなされたときと解すべきであり、しかも、その公告は官報又は準官報的な公共団体発行の広報紙あるいは新聞紙等への掲載といつた方式によつてなされるのを通例としていること、また、本件指定は利害関係人の財産権に対して重大な制約を課する行為であり、それ故に公聴会の開催が義務づけられている重要な処分であること、そして、重要な行政処分について口頭の方式でなされる例が殆どないこと、更に、行審法五七条第一項は広く行政処分について当該行政庁に教示の義務を課したものと解されていることなどを総合して考えると、本件指定は処分を書面でする場合に該当すると解するのが正当である。

(2)  してみると、本件指定の公告に際し、横浜市長はその内容の告示と併せて行審法五七条一項所定の事項につき教示をすべき義務を負担していたところ、これを怠つたのであるから、控訴人らの本件審査請求は同法五八条一項の不服申立に該当するものと解するのが正当である。よつて、原判決はこの点について法令の解釈を誤つている。

(六)  行審法五八条一項所定の不服申立の審査請求期間について

(1)  原判決は、行審法五八条一項所定の不服申立の審査請求期間については別段の定めがないから同法一四条の審査請求期間が適用されると解しているが、これも失当である。

(2)  仮りに原判決の解釈のとおり行審法五八条一項所定の不服申立についても同法一四条所定の審査請求期間が適用されるとしても、その期間の起算日は、処分のあつたことを知つた日の翌日ではなく、現実に不服申立の方法を知つた日の翌日であると解すべきである。

(七)  原判決は、本件審査請求が行審法一七条第一項所定の審査請求に該当することを前提として、控訴人らは本件公告がなされた昭和五三年六月五日に本件指定があつたことを知つたものとみなされるから同法一四条一項が適用され同条三項に該当しない旨判示しているが、しかし、本件指定の公告の方式は不適法であるから、控訴人らが右日時に本件指定のあつたことを知つたとみなすことはできない。

(八)  原判決は、審査会が本件審査請求を不適法として却下した裁決を正当であるとし、横浜市長に対する本件抗告訴訟は審査会の実質審査を経由してないから不適法である旨判示しているが、しかし、審査会の本件裁決は前記理由により正当なものと解することができないから、それが正当であることを前提とする右判示は誤つている。

3  被控訴人横浜市長の主張

控訴人らは、本件壁面線の指定について公告のほかに利害関係人への個別の通知を要し、右指定に対する利害関係人の審査請求の期間の起算日は利害関係人各自につきそれぞれ通知のあつた日の翌日である旨主張するが、右主張は否認する。

壁面線の指定について、建築基準法には、土地区画整理法による換地処分の如く、公告のほかに利害関係人への個別の通知を要する旨の明文の規定が存しない。

壁面線の指定は、街区における建築物の位置を整えその環境の向上を図ることを目的としてなされるある一定地域における建築物の位置に関する一般的基準の定立であつて、右指定当時の具体的な特定の個人に向けられた処分ではないから、建築基準法は右指定を公告によつてなすこととし、利害関係人が右指定のあつたことを個別具体的に知つたか否かにかゝわりなく、公告が適法になされたときは右指定を知つたものとして一律に効力を生ずるものとしたと解すべきである。

従つて、本件壁面線の指定については、公告のほかに利害関係人への個別の通知を要しないから、右指定に対する審査請求の期間の起算日を利害関係人への通知のあつた日の翌日とする控訴人らの主張は、前提を欠き失当である。

4  被控訴人横浜市建築審査会の主張

(一)(1)  控訴人の主張(一)の(1) について

控訴人ら住民が被控訴人横浜市長の交渉相手の地元関係者から除かれていたとの主張及び建築協定について説明しなかつたとの主張は否認する。横浜市がプロムナード事業計画の実現に向い努力する姿勢であつたことは認め、控訴人らの推測にわたる主張は争う。

(2) 同(一)の(2) について

中華街プロムナード促進協議会の設立経過のうち、隋振彪、高伸行、稲垣孝、小倉糸子、李福泉、三田英雄らが区長の意を体して行動したとの主張及び右協議会が会員に対する通知の徹底化を怠り一部会員の参加だけで会の意思を決定したことは争う。その他協議会の実態に関する主張は全て争う。

(3) 同(一)の(3) について

南門通りに関係する自治会等が南門通りの道路舗装と歩車道整備の陳情をしていたこと、横浜市にプロムナード事業計画があつたことは認める。本件は、これが合体して実行されたものである。

(4) 同(一)の(4) について

横浜市が本件プロムナード計画の実現及び整備にあなりモデル商店街制度を活用しようとしたことは認める。控訴人らを指導、説明の対象から除いたとの主張は否認する。

(5) 同(一)の(5) について

横浜市が壁面線指定についての情報提供にあたつてその役割の多くを協議会に委ねたとの主張は否認する。多数回の説明会において横浜市は直接これを説明している。

公聴会の開催及び指定処分の伝達についての公示方法が適切でないとの主張は争う。

説明、指導が一部のものを対象としていたとの主張は否認する。

(二)(1)  同(二)の(1) は争う。

(2) 同(二)の(2) は争う。

本件指定は利害関係人に個別的に通知することを要するものではない。

(3) 同(二)の(3) は争う。

(三)  同(三)ないし(七)は争う。

判例は、処分庁が教示をしなかつたため審査請求期間を徒過したとしても、行審法一四条一号にいう「やむをえない理由があるとき」にあたるとはいえないとしている(東京地裁昭和四五年五月二七日判決・行裁集二一巻五号八三六頁)。

理由

一  原判決事実摘示被控訴人市長及び同審査会に対する控訴人らの各請求原因1、2項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  建築基準法四六条一項は、「特定行政庁は、街区内における建築物の位置を整えその環境の向上を図るために必要があると認める場合においては、建築審査会の同意を得て、壁面線を指定することができる。」旨規定しており、右規定からすれば、特定行政庁は、特定の街区を単位とし、その個別的、具体的な建築物の状況を考慮してこれを整えその環境の向上を図るために壁面線の指定をするのであり、右指定があつた場合には、同法四七条により、線内に存する土地の所有者その利用権者、建物の所有者、その賃借人等の利害関係人は、将来建築物を新築あるいは増改築するに際し、壁面線を越えて建築物の壁若しくはこれに代わる柱又は高さ二メートルをこえる門若しくはへいを建築することが許されないことになるのであるから、右指定は、利害関係人の法的地位に直接具体的な変動を及ぼす個別的な処分の性質を有するものといわざるをえず、抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるものと解するのが相当である。

よつて、本件指定は、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するものというべきである。

三  被控訴人市長が本件指定をした旨を昭和五三年六月五日発行の横浜市報に登載して公告したことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない乙第二、三号証によれば、横浜市公告式条例(昭和二五年八月三〇日条例第三五号)一条は「地方自治法第一六条の規定に基く公告式は、この条例の定めるところによる」旨、同二条二項は「条例の公布は、横浜市報に登載してこれを行う」旨、同四条は「前二条の規定は、規則にこれを準用する」旨、同六条は「第二条及び第三条の規定は、市会の会議規則、傍聴人取締規則その他市の機関の定める規則で公表を要するものにこれを準用する」旨規定しており、横浜市報発行規則(昭和二五年二月一五日規則第二号)一条は「横浜市報(以下市報という。)は、本市行政に関する諸般のことを知らせるため、これを発行し、次に掲げる事項を登載する。(1)  条例 (2)  規則 (3)  告示 (4)  公告 (5)  達 (6)  通達 (7) その他の事項」旨、同二条は「市報は、毎月五日、一五日及び二五日に発行する。ただし、時宜により休刊することがある」旨、同六条一項は「市報は、市長が必要と認める者に配布するほか、希望者に購読料を徴してこれを配布することができる」旨、同九条は「市報は、市役所及び市所属の公署において適当な場所に備えつけて市民の閲覧に供する」旨規定していることか認められ、右事実によれば、横浜市報に登載することが公告の方法として周知性に乏しく不適当であるとはいえず、被控訴人市長が本件指定をした旨を昭和五三年六月五日発行の横浜市報に登載して公告したのは、建築基準法四六条三項所定の公告として適法であるというべきである。横浜市報に登載して本件指定の公告をしたのは周知性に乏しく違法である旨の控訴人らの主張は、採用することができない。

ところで、同法四六条、四七条によれば、特定行政庁のする壁面線の指定は、その性質上利害関係人全員につき画一的に効力を生じさせることが不可欠であるが、通常広範囲の土地をその対象とするため、利害関係人は多数にのぼり、その利害の態様もさまざまである上、権利の移動が頻繁に行われることが予想され、特定行政庁においてある時点における利害関係人全員の住所、氏名を網羅的に確知することは到底不可能であることから、公告によつてその効力を生ずることとしたものと解される。そして、行審法一四条一項本文は「審査請求は、処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六〇日以内に、しなければならない。」と規定しているが、公告が適法になされた場合は、公告という制度の性質上、利害関係人が現実に右公告を知つたかどうかにかかわりなく、右公告の日の翌日を起算日として不服申立期間が進行するものと解するのが相当である。

控訴人らは、確知された利害関係人には公告のほか個別の通知を必要とし、右通知の翌日から不服申立期間が進行するものと解すべきである旨主張するが、建築基準法には公告のほか知れたる利害関係人に個別に通知すべき旨の規定はなく、右主張は採用することができない。

よつて、本件指定に対する行政不服審査請求期間は、行審法一四条一項本文により、本件指定の公告を登載した横浜市報が発行された日であることについて当事者間に争いのない昭和五三年六月五日の翌日から起算して六〇日以内であるところ、控訴人らの本件審査請求は、右期間を経過した後である同年一二月二三日に申立てられたことは当事者間に争いがないから、不適法であるというべきである。

成立に争いのない乙第四、五号証、第七号証、原審証人入江昭明、同藤田武、同稲村静子の各証言を総合すれば、本件指定についての公聴会は、昭和五三年四月二四日午後二時より横浜市中区山下町一三六番地、山下町自治会館二階において地元出席者二二名が参加して開催されたこと、右公聴会の指定の計画、日時、場所は、昭和五三年四月一五日発行の横浜市報に登載して公告されたこと、右公聴会において横浜市建築局指導部長梶ケ谷利夫が議長となり、同局建築指導課企画係長藤田武が本件壁面線指定について説明し、次いで、質疑応答があり、参考口述人三名(打木元町SS会理事長、尾島石川町一丁目商店街理事、畠山山下町自治会副会長)の口述、利害関係人たる指名口述人五名(大滝重信、隋振彪、小倉糸子、高伸行、谷口宥一)の口述の順序で進行し、最後に議長から出席利害関係人に発言を求めたが、発言はなく、議長の挨拶で会が終了したこと、谷口宥一は木造建物の所有者であつたことが認められ、右公聴会の手続が違法であつたことを認めるに足りる証拠はない。右公聴会の手続が違法であつた旨の控訴人らの主張は、採用することができない。

なお、当裁判所は、控訴人らは遅くとも昭和五三年六月一五日頃までには本件指定があつたことを現実に知つたものと推認する。その理由は、右の点に関する原判決の理由(原判決二六枚目表九行目から同三一枚目裏八行目まで。ただし、同三〇枚目裏八行目「本件指定を決定した」を「本件壁面線指定案が審議され原案どおり指定された」と改め、同三一枚目表一行目「総会」を「促進協議会の総会」と改める。)と同一であるから、その記載を引用する。

四  本件指定は、行審法五七条一項にいう不服申立をすることができる処分を書面でする場合に該当するものと解すべきであるから、被控訴人市長は、本件指定をしこれを公告する際、本件指定につき不服申立をすることができる旨並びに不服申立をすべき行政庁及び不服申立をすることができる期間を教示しこれを公告すべきであつたところ、被控訴人市長が右教示をし公告したことは、これを認めるに足りる証拠がない。

しかしたがら、行政庁が不服申立をすることができる処分を書面でする場合に行審法五七条一項の教示を怠つたとしても、当該処分が無効になるとは到底解されず、また、右教示を怠つた場合に審査請求期間の進行が妨げられるものと解すべき根拠はなく、右のような場合の期間の徒過は専ら不服申立人の法の不知に起因するものというほかはない。

そして、行審法一四条一項ただし書にいう「やむをえない理由」とは、本人又はその代理人において通常用いることが期待される注意をつくしてもなお避けることのできない事由をいうものと解すべきところ、教示の懈怠は右事由に当らず、そのほか、控訴人らに右事由があつた事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

五  行審法五八条一項は、処分庁が同法五七条の規定による教示をしなかつたときに当該処分について不服がある者に対して当該処分庁に不服申立書を提出することを認めた救済規定であるが、この場合の不服申立期間については別段の規定がないから、原則どおり同法一四条の適用があるものと解すべきである。行審法五八条一項による不服申立については現実に不服申立の方法を知つた日の翌日をもつて不服申立期間の起算日とすべき旨の控訴人らの主張は、採用することができない。

六  控訴人らは、本件審査請求は行審法一四条三項所定の審査請求期間内に提起されているから適法である旨主張するが、前記のとおり、本件指定に対する審査請求は同条一項により本件指定があつた旨の公告が登載された横浜市報の発行日の翌日から起算して六〇日以内にしなければならないものと解すべきであるから、右控訴人らの主張は採用することができない。

七  建築基準法の規定による特定行政庁の処分に対する抗告訴訟は、当該処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ、提起することができないところ(同法九六条)、当該処分に対する審査請求が不適法として却下され、その却下裁決が正当である場合には、当該処分に対する抗告訴訟は建築審査会による実質的審査を経ていないから、不適法であると解すべきである(最高裁判所昭和三〇年一月二八日第二小法廷判決・民集九巻一号六〇頁参照)。

そして、前述したところによれば、被控訴人審査会が控訴人らの本件審査請求を不適法として却下したのは正当であるから、本件指定の取消を求める控訴人らの被控訴人市長に対する訴えは不適法であるというべく、その余の点について判断するまでもなく、却下を免れない。

八  以上の次第で、控訴人らの被控訴人市長に対する訴えを却下し、控訴人らの被控訴人審査会に対する請求を棄却した原判決は結局相当であり、控訴人らの本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 新海順次 裁判官 佐藤榮一)

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